2008年 10月 05日 ( 1 )



   
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                   Photo of Brooklyn Festival


       読書の秋、ということで、相も変わらず読書漬いてる私。

       そして、はたと気が付いた。

       数々読んでいる本の中で、一体どれだけの内容を私は覚えているのか?と。

       不思議なことに読んでいる時は、なるほどねー、全くだ!、いや違うかも??

       とか思っているのに、案外、本を閉じた後には残っていないのだ。

       もちろん、大好きな本や作家で何度も繰り返し読んでしまうものもあり、

       そういうものは、また別格で。

       

       例えば、一生懸命生きることは素晴らしい、と書かれていたとして、

       その通り!!と私が思うとして、

       だけど、それを実感として得るのは、やはりこの現実の中にあり、

       私は、その素晴らしさにとても共感していながらも、

       結局は、毎日、何かに試行錯誤を繰り返して、

       掴んだり、手放したり、迷ったり、逃避したり、ぶつかってみたり・・・する。

       そして、その繰り返しがどのくらい続くのか分からなくても、

       そのうち必ずどこかには辿りついて、

       やっぱり、思うのだ。

       一生懸命生きることは素晴らしい、と。

   

       すっかり忘れていた、いつか読んだ心の奥に残っている言葉。

       それらを実感を伴って知る。

       今度は自分なりの解釈を持って。

       そして、そうやって長い年月を経て実感した言葉は、

       初めて目にして、その通り!などと息巻いていた時の重さとは全く違ったりする。

       自分の内側で拡がる、その言葉の厚み。



       本を読む、という行為を一生続けたい、と思う時は、こんな時だったりする。

       そして、自分の変化によって、

       同じものを読んでも、その時々で全く違うものに思えることも面白い。



       人は心動かされたことを忘れたりはしない。

       ちゃんと自分の中のどこかには蓄積されていて、

       必要な時にそっと顔を出し、再び、救ってくれたりする。

       その瞬間があれば、めんどくさく、遠回りで、時に無駄に思えるようなことも

       全て意味がある、と私は思える。

       

       読書の秋。

       相も変わらず読書漬け。

       何に感動して、今度はいつ本当のそれに出会うんだろう。

       シンプルな言葉の放つ光は、長い道程の末にやってくる。

       言葉を越えたその先にあるもの。

       それをただ知りたくて、待ちわびたくて、私は今夜も本を読む。










       

       
      

       

       

       

       
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by lifeisaparty | 2008-10-05 02:16
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